旅におぼれて~スペイン断章Ⅵコルドバ・文明は衝突する

旅におぼれて~スペイン断章Ⅵ


コルドバ・文明は衝突する


 どこにもないものを壊してどこにでもあるものにしてしまったのか。それとも、どこにでもあるものを寄せ集めてどこにもないものを作ったのか。

 アンダルシアの風が吹くコルドバは早くからイスラムの脅威にさらされた。盛期には北アフリカと南欧を睥睨する都市として人口100万、モスク300を数えたという。しかしレコンキスタによってキリスト教圏に奪還され、都市としては衰退する。そんな中でメスキータ(モスク)は3度の拡張と変貌を遂げる。
 冒頭の言葉、前者はカルロス5世の嘆きである。しかし今、観光資源としては後者の見方のほうがもてはやされている。
 いうまでもなく日本人は八百よろずの神であり、新年の祈願は神道、結婚式はキリスト教、葬式は仏教でもなんとも思わない。どんな神であろうと、神であれば抱きしめる。しかし、唯一絶対神を信じる民はそうはいかない。そんなわけで、コルドバの寺院では簒奪の歴史が続いた。それを、ぐるりと囲む分厚い壁が物語る。
 イスラムとキリスト教の建築様式が混在するこの巨大なメスキータの内部はしかし、見るからに融合というものがなくグロテスクでさえある。力を持つものの苛立ちのあとだけが刻まれている気がしてならない。
 「文明の衝突」を著したS・ハンチントンは、世界は宗教を基礎とした八つのブロックに分かれてぶつかり合うとして「911」を予言したが、その歴史的現場がここにある、といえるのかもしれない。

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旅におぼれて~スペイン断章Ⅴセビーリァ・赤い情熱

旅におぼれて~スペイン断章Ⅴ


セビーリァ・赤い情熱


 人類発祥のときから、赤は神聖な色であった。赤は火の色であり、血の色であるからだ。クロマニヨンの洞窟には赤い色の壁画があったことが知られている。紀元前のアジアでは硫化水銀による赤が用いられたが、毒性があり日持ちが悪かったため衣料には使われなかった。緋色の軍団と呼ばれたローマ帝国の軍団のマントも、真正の赤ではなかったようだ。ヨーロッパが「完璧な赤」を手に入れたのは、スペインのコンキスタドール(征服者)たちが1519年、メキシコの市場でアステカ人たちが売っている染料を目にした時だったという。その染料の原料とは…。この話のタネ本はエイミー・グリーンフィールド「完璧な赤」(早川書房)である。とても面白い本です。

 このようなことからすると、「赤い情熱」というタイトルはややおかしい。人間の根源的な精神の発露である「情熱」を形容する言葉は、もともと「赤」をおいて他にないからである。
     ◇
 セビーリァでフラメンコを観た。その前夜にもグラナダでフラメンコを観た。もともとフラメンコの発祥の地はグラナダであるとされる。サクロモンテの丘の洞窟に住むロマ民族の人たちが18世紀ごろ始めたとされるが、異説もある。そんなわけでグラナダの洞窟へ、フラメンコを見に行った。その翌日、セビーリァのタブラオを訪れた。タブラオとは「板」のこと。フランス語で言う「タブロー」は二次元芸術(絵画など)を指すが、この地ではフラメンコの舞台を指す。まさしく「板一枚」の世界なのだ。そこで踊り子たちは激しく足をふみならす。
 誤解を恐れず印象を言えば、グラナダは情念が洞窟にこもる踊りであった。セビーリァではそれがやや洗練されて「ショー」になっていた。津軽三味線を下北半島で聞くか、東京・渋谷あたりのライブハウスで聞くか、といった違いのようにも思える。津軽三味線を引きあいに出したが、なぜか私の感性の中ではフラメンコは津軽三味線と共振する。しかし、少なくとも一つ違うものがある。津軽三味線に赤は似合わないが、フラメンコはこれ以上ないほど赤が似合う。だからグラナダでもセビーリァでも、光の主役は赤であった。
 リズムの裏を取る、というのであろうか。あれはとても日本人にはまねができない。調子に乗って手拍子でもやれば大けがをしそうだ。そしてそれは、情念が刻むもの、としか形容のしようがない。でも日本人は好きですね、フラメンコ。私も好きです。

【注】写真は、はじめの4枚がセビーリァ、最後の1枚がグラナダ。

【注】最後まで読んでいただいた人のために。南米で使われていた「赤」の染料の原料は砂漠のサボテンに寄生する「コチニール」というアブラムシの一種。スペインが南米で独占したものは金銀銅だけではなかったのですね。


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旅におぼれて~スペイン断章Ⅳグラナダ・斜光の迷宮

旅におぼれて~スペイン断章Ⅳ


グラナダ・斜光の迷宮


 
鉄分を多く含む土レンガで固めた壁は、薄赤い色をしている。小高い丘に建つ城を見上げて人はアルハンブラ(赤い城)と呼んだという。

 そこを訪れたとき、すでに陽は大きく傾いていた。斜めに差す日の色が、赤い壁と渾然としていた。はるかかなたに雪をいただいたシェラ・ネバダ山脈が望める。
 この城は、外観はとても地味である。というよりそっけない。ただレンガを積み上げただけの建築物だ。しかし、内壁には精緻な絵模様が施されている。外観で威圧する一般的な西洋の城と比べると、感性は日本人向きと思える。絵模様も、きらびやかに金銀を施してあるわけでなく、細かい手作業の産物だ。このへんも日本的美意識にあう、と勝手に感じいる。
 多くは14世紀ごろに整えられたが、16世紀になってカルロス5世が、隣接地にルネサンス様式の宮殿を建てさせた。イスラムに対抗して帝国の威容を示したかったのだろうが、見るからに無粋である。これ一つとってみても、カルロス5世は暗愚の帝王であったにちがいない。
 白眉とされるライオンの庭は工事中だった。

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